丸之内停留场
丸之内停留场(日语:丸の内停留場/まるのうちていりゅうじょう Marunouchi teiryūjō */?)是位于富山县富山市丸之内一丁目,富山地方铁道富山轨道线(支线、安野屋线与富山都心线)的电车站。车站编号为C18。
丸之内 | ||||||||||||||||
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日语名称 | ||||||||||||||||
丸の内 – まるのうち – Marunouchi | ||||||||||||||||
车站概览 | ||||||||||||||||
位置 | 日本富山县富山市丸之内一丁目 | |||||||||||||||
地理坐标 | 36°41′33.08″N 137°12′32.15″E / 36.6925222°N 137.2089306°E | |||||||||||||||
车站构造 | ||||||||||||||||
站体类型 | 地面车站 | |||||||||||||||
站台 | 2面2线 | |||||||||||||||
历史 | ||||||||||||||||
启用日期 | 1913年(大正2年)9月1日 | |||||||||||||||
邻近车站 | ||||||||||||||||
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电车站附近设有较大弯位较大。此电车站可换乘前往富山大学前停留场方向与环状线(3系统)的列车。在换乘时候,乘客需要支付车费与领取换乘票。
历史
- 1913年(大正2年)9月1日 - 富山电气轨道总曲轮停留场启用[1]。
- 1920年(大正9年)7月1日 - 转让至富山市,成为富山市营轨道的电车站[2]。
- 1943年(昭和18年)
- 1945年(昭和20年)8月2日 - 发生富山大空袭,使电车站暂停使用[5]。
- 1949年(昭和24年)3月15日 - 富山站前至旅笼町之间重开,此站重开[6]。
- 1952年(昭和27年)8月5日 - 电车站改名为丸之内停留场[1]。安野屋线(丸之内至安野屋之间)开通[7]。
- 1973年(昭和48年)3月31日 - 西町至旅笼町至丸之内之间废止[8]。
- 2009年(平成21年)12月23日 - 富山都心线丸之内至国际会议场前至西町之间开通。
电车站构造
电车站是地面车站,建造在共用车道上,设有2面2线的相对式站台。随着富山都心线启用,站台迁移至靠近富山站前一方,并且增设上盖。
电车站周边
相邻电车站
曾经存在的线路
- 富山地方铁道
- 富山轨道线(支线)(1973年废止)
- 丸之内(C18)-旅笼町
注脚
- ^ 1.0 1.1 今尾惠介(监). 日本鉄道旅行地図帳 6号 北信越―全線・全駅・全廃線. 新潮社. 2008: 36. ISBN 978-4107900241 (日语).
- ^ 1920年2月11日付大阪朝日新闻 北陆版 (页面存档备份,存于互联网档案馆)(日语)(神户大学附属图书馆新闻记事文库)
- ^ 1942年12月7日轨道譲渡许可“轨道譲渡”‘官报’1942年12月21日(国立国会图书馆数字化收藏)
- ^ 富山地方铁道(编). 富山地方鉄道五十年史. 富山地方铁道. 1983: 364 (日语).
- ^ 富山地方铁道(编). 写真でつづる富山地方鉄道50年の歩み. 富山地方铁道. 1979: 175 (日语).
- ^ 富山地方铁道(编). 富山地方鉄道五十年史. 富山地方铁道. 1983: 378 (日语).
- ^ 富山地方铁道(编). 写真でつづる富山地方鉄道50年の歩み. 富山地方铁道. 1979: 176 (日语).
- ^ 富山地方铁道(编). 写真でつづる富山地方鉄道50年の歩み. 富山地方铁道. 1979: 177 (日语).
相关条目
外部链接
- 丸之内 市内电车 时间预定表PDF(日语) - 富山地方铁道