桑折藩
桑折藩(日语:桑折藩/こおりはん Koori-han */?)是位于日本陆奥国桑折(现福岛县伊达郡桑折町[1])的藩,前身是白河新田藩(日语:白河新田藩/しらかわしんでんはん Shirakawa-shindenhan */?)[2],后继为篠冢藩(日语:篠塚藩/しのづかはん Shinozuka-han */?)和上里见藩(日语:上里見藩/かみさとみはん Kamisato-han */?)[3],成立于元禄13年1月11日(1700年3月1日),藩厅是桑折阵屋[2],历任藩主均是谱代大名和阵屋持[4],大名家是奥平松平家,石高为二万石[2],江户藩邸推测位于滨町二丁目(现东京都中央区日本桥滨町二至三丁目[5])。
桑折藩 白河新田藩 篠冢藩 上里见藩 | |
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谱代 阵屋 | |
日语汉字 | 白河新田藩 桑折藩 篠冢藩 上里见藩 |
平假名 | しらかわしんでんはん こおりはん しのづかはん かみさとみはん |
罗马拼音 | Shirakawa-shindenhan Koori-han Shinozuka-han Kamisato-han |
创藩日期 | 元禄元年10月15日 (1688年11月7日) 元禄13年1月11日 (1700年3月1日) 延享4年(1747年)7月 宽延元年(1748年)8月 |
创藩理由 | 转封 |
所在地 | 日本陆奥国桑折 |
藩厅 | 不明→桑折阵屋→篠冢阵屋→上里见阵屋 |
大名家 | 奥平松平家 |
石高 | 二万石 |
藩邸 | 滨町(桑折藩) |
废藩日期 | 元禄13年1月11日 (1700年3月1日) 延享4年(1747年)7月 宽延元年(1748年)8月 明和4年闰9月28日 (1767年11月19日) |
废藩理由 | 转封 |
历史
桑折自镰仓时代起是桑折氏的领地[6],文禄3年(1594年)时是蒲生氏领[1],进入江户时代后最初是会津藩领,庆长6年(1601年)时是出羽米泽领,庆长8年(1603年)时是米泽藩领,宽文4年(1664年)时是幕府领,延宝7年(1679年)时是福岛藩领,天和2年(1682年)再度成为幕府领[6],贞享3年(1686年)冬天,幕府代官柘植传兵卫将阵屋从福岛町转移至桑折村后,展开对信夫郡和伊达郡共六万八千石领地的管治[1]。
桑折藩的前身白河新田藩成立于元禄元年10月15日(1688年11月7日),由白河藩主松平忠弘以新田分知形式分予其入赘女婿松平忠尚而来。元禄5年7月21日(1692年9月1日),忠尚受白河藩御家骚动的牵连,先后被处以闭门和逼塞,在同年12月20日(1693年1月25日)获赦免,与此同时忠弘则转封至出羽山形藩十万石。《藩史大事典》推测忠尚在其后仍然领有原本白河新田藩的领地。元禄13年1月11日(1700年3月1日),忠尚以二万石转封至桑折,取代江户幕府的桑折代官所,创立桑折藩[2][7]。
忠尚在上任后,首先强化以家老为中心,配置郡代、代官和割元的村方三役的地方支配制度,翌年和第三年时进行新田检地,尝试增加年贡,又制订了新的小物成。享保4年11月2日(1719年12月12日),大给松平家的松平乘春五男松平忠晓作为忠尚的养子继任为第二任藩主,享保8年(1723年)在半田银山发现的矿脉,促使银矿产量增加,忠晓本人则曾经担任奏者番和寺社奉行。享保21年4月6日(1736年5月16日),忠晓之子松平忠恒继任为第三任藩主,他虽然在延享4年3月11日(1747年4月20日)就任奏者番[2],但是幕府为了取得半田银山而在同年7月收回银山以及其附近村落等约一万零二百二十五石的领地[6],同时以上野国邑乐郡、吾妻郡、碓冰郡、绿野郡以及伊豆国田方郡内的土地为替地,伊达郡内剩余的八村共七千七百五十石则据传在其后于东大枝村(现福岛县伊达市梁川町东大枝[1][8])设置阵屋[2]。
与此同时,忠恒在邑乐郡篠冢村(现群马县邑乐郡邑乐町篠冢[9])设置阵屋[2],桑折藩也因而废藩[6],篠冢藩随之成立,领地遍布三国六郡内共五十村[3]。宽延元年(1748年)8月,篠冢藩在伊达郡的部分领地被幕府收回,原本设于东大枝的阵屋也转移至五十泽村(现福岛县伊达市梁川町五十泽[1][8]),相对地则获赐予碓冰郡和群马郡内三千六百五十石[10],篠冢阵屋也随之转移至碓冰郡上里见(现群马县高崎市上里见町[9][11]),改称上里见藩,表高为二万石[2][3],实高是二万五千二百零三石[10]。同年闰10月,忠恒升任为若年寄。明和4年闰9月28日(1767年11月19日),忠恒转封至上野小幡藩,领地也转移至上野甘乐郡、多胡郡和碓冰郡内,伊达郡余下的领地则被幕府收回,改设桑折代官所,上里见藩也因而废藩[2][3]。另外,桑折本身除了安永4年(1775)至宽政元年(1789年)时为仙台藩预地外,自此开始一直均是幕府领[6]。
历任藩主
大名家 | 家格 | 藩主名称 | 石高 | 经历 |
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奥平松平家 | 谱代大名 阵屋持 |
松平忠尚 | 二万石 | 白河新田藩主 |
松平忠晓 | ||||
松平忠恒 | 篠冢藩主→上里见藩主 |
领地
桑折藩、篠冢藩和上里见藩的领地如下,基于相给,领地也有可能同时是皇室领、幕府领、其他藩领、旗本领或寺社领。
令制国 | 郡 | 町村 数目 |
领地 | |
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白河新田藩
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不明
| ||||
桑折藩[12]
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陆奥国 | 伊达郡 | 20村 | 桑折村、石母田村、藤田村、鸟取村、小坂村、内谷村、泉田村、山崎村、贝田村、谷地村、南半田村、北半田村、森山村、光明寺村、冢野目村、东大枝村、西大枝村、西大洼村、五十泽村、东大洼村 | |
上野国 | 邑乐郡 | 不明 | 篠冢村 | |
吾妻郡 | 原町村 | |||
碓冰郡 | 中里见村 | |||
陆奥国 | 伊达郡 | 8村 | 冢野目村、东大枝村、西大枝村、五十泽村、森山村、光明寺村、西大洼村、东大洼村 | |
伊豆国 | 田方郡 | 8村 | 不明 | |
上野国 | 邑乐郡 | 5村 | 北大岛村、古海村、下小泉村、下三林村(其余不明) | |
吾妻郡 | 6村 | 新卷村、市城村(其余不明) | ||
利根郡 | 20村 | 羽场村、二枚原村、新卷村、布施村、师田村(其余不明) | ||
群马郡 | 2村 | 中室田村(其余不明) | ||
碓冰郡 | 8村 | 上大岛村、上里见村、下里见村、中里见村(其余不明) | ||
绿野郡 | 3村 | 牛田村、川除村、根岸村 | ||
陆奥国 | 伊达郡 | 5村 | 五十泽村、森山村、光明寺村、西大洼村、东大洼村 |
参考资料
- ^ 1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 菊池利雄、高桥圭次、田岛昇、长谷部弘、守谷早苗、渡部正俊. 五十沢村・桑折村・桑折陣屋跡・東大枝村. 庄司吉之助、小林清治、誉田宏 (编). 福島県の地名. 日本历史地名大系 7 JapanKnowledge. 平凡社. 1993-06-15. ISBN 4-582-49007-7 (日语).
- ^ 2.00 2.01 2.02 2.03 2.04 2.05 2.06 2.07 2.08 2.09 2.10 2.11 木村础、藤野保、村上直 (编). 藩史大事典 北海道・東北編 1 POD版. 雄山阁. 2002-04-15. ISBN 4-639-10033-7 (日语).
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- 誉田宏. 桑折藩. : 278–279.
- ^ 3.0 3.1 3.2 3.3 3.4 3.5 3.6 村上直. 上里見藩・篠塚藩. 木村础、藤野保、村上直 (编). 藩史大事典 関東編 2 POD版. 雄山阁. 2002-04-15: 294–295. ISBN 4-639-10036-1 (日语).
- ^ 4.0 4.1 丸井佳寿子. 桑折藩. 坂本太郎、关晃、臼井胜美、大石慎三郎、加藤友康、菊地勇次郎、笹山晴生、濑野精一郎、高村直助、土田直镇、鸟海靖、早川庄八、尾藤正英、福田丰彦、丸山雍成、皆川完一、安田元久、由井正臣 (编). 国史大辞典. 国史大辞典 5 JapanKnowledge (吉川弘文馆). 1985-02-01. ISBN 978-4-642-00505-0 (日语).
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- 新治村. 利根郡.
- 市川光一、斋藤勋、高桥喜平太、樋口秀次郎、横山伊平. 上大島村・上里見村・中里見村・下里見村・中里見村. 碓氷郡.
- 新巻村・市城村・原町村. 吾妻郡.
- 荻野朝则、川岛维知、高木侃、若林正人. 北大島村・篠塚村・古海村・下小泉村・下三林村. 邑楽郡.
- 牛田村・川除村・根岸村. 緑野郡.
- 中室田村. 群馬郡.
- ^ 10.0 10.1 10.2 10.3 竹内理三、北原进、杉山博、竹内诚、所理喜夫、西垣晴次、井上定幸、近藤义雄、山田武麿 (编). 角川日本地名大辞典 群馬県. 角川日本地名大辞典 10. 角川书店. 1988-07-08. ISBN 4-040-01100-7 (日语).
- 上里見藩. : 294.
- 篠塚<邑楽町>. : 461.
- 中里見<榛名町>. : 680.
- 原町<吾妻町>. : 785.
- ^ 榛名地域 住所の変更. 高崎市. [2022-03-26]. (原始内容存档于2018-01-06) (日语).
- ^ 誉田宏. 桑折藩. 福岛民报社、福岛大百科事典发行本部 (编). 福島大百科事典. 福岛民报社. 1980-11-22: 326. NCID BN01657083 (日语).